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手紙の彼女

by 郷木 鳥夢

 街行く傘たちに色がありません。通り過ぎていくコートや、ブーツや、もちろんそれらが落とす影にも。

 石畳の歩道には、雨と、雨と、また雨と、雨の空を映す水溜まりとがあって、それから、時間と歯車を噛み合わせるようにコツコツ、規則正しい靴音が生まれています。

 この町でも、郵便ポストだけは、ひどく鮮やかな赤色を濡らして突っ立っていました。

 こんな雨の日、雨の中、そこだけ不自然なほど赤い色で突っ立って、手紙を手に持つひとりの彼女と、向かい合っていました。

 突っ立ったまま、時間を止めたような彼女の前で、郵便ポストはますます赤く見えていきます。

 赤いポストの前に立った彼女は、首から上をかたんと傾け、頭蓋骨の中でサイコロでも振るように、考えを選んでいました。

 赤いポストの前に立った彼女は、首から上をかたんと傾け、頭蓋骨の中でサイコロでも振るように、考えを選んでいました。

 頭を傾げたままで「やめよっかな」と声に出し、それから反対側に傾けて、また、出たサイコロの目を読み上げるようなふうに「でも、出したほうがいいかな」と、口に出して言うのでした。

 色のない街の動力はいっ時も尽きません。流れて行く傘や、レインコート。かばん、靴、ブーツ、そして彼女とポストの周りで生まれている靴音は、規則正しく流れていきます。

 色のない街の動力はいっ時も尽きません。流れて行く傘や、レインコート。かばん、靴、ブーツ、そして彼女とポストの周りで生まれている靴音は、規則正しく流れていきます。

 雨はここへ降るばかりで、そこからどこへも行こうとしません。出来事の水位が、同じ場所で少しずつ上がっていくだけです。

 長い時間、郵便ポストは、彼女の選択を待って立ち、彼女のほうは結論を選んでいました。

「よし」と、彼女は言いました。

「出すけど、まだ、届けないことにしよう」

 そこから先の彼女は、思いを抱えて封をした、ただ一通の手紙でした。

 雨は街にいつまでも続きました。

 郵便ポストは赤く、雨に濡れて突っ立ったままです。

 今では彼女は一通の手紙でした。ポストの中で、小さな天板を見上げて過ごします。

 郵便ポストの中は静かです。投函口の隙間から耳に届く雨の音は、少しずつ上ずっていくように、徐々に音階を上げていき、やがて長い時間をかけ、これらのすべてに封をするように口を閉じました。

 彼女を投函したポストは、湖の底にあります。密かな宛名を胸に、手紙の彼女は、今もそこから、流れ出さずにいるのです。

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