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今日、昨日の私が

by 郷木 鳥夢

 二度のノックは、一度ずつ、大きく間を空けて鳴らされました。

「はい。どちら様?」

 と、わたしが大した警戒もせずにドアを開けると、

「あなたです。昨日から来ました」

 と、そこに立っていたのは、確かにわたしで、隣にはもう一人、顔を知らない人と一緒でした。

「昨日のあなたですよ。私たち挨拶に来たんです」

 ドアの向こうにいた〈昨日の私〉の隣で、わたしの知らないその人も、一緒に頭を下げました。

「挨拶、ですか?」

「はい、挨拶です。私たちこれからふたりで暮らすことにしたので、明日のわたしへは、そのご報告に」

 遠くを走っていく電車の音が聞こえて、近所の家から途切れ途切れに漏れ聞こえてくるテレビの音が聞こえて、どうやら回は終盤、逆転のランナーが出たところなのか、期待高まる歓声と実況の高い声が妙に気に障りました。それからふと返事を待っている目の前の二人に気持ちが戻ってきて、ようやく(明日のわたしって、わたしのこと?)と考えましたが、今はめくるめく思考の奔流に反して、テレビだの遠くの電車だの以外に音のない、静かな夜なのです。

「どうもご丁寧に。でもわたしは、今から紅茶を飲みながら、ひとりで寝つくまで本を読むつもりなんだけど」

 わたしがこれからすることと、あなたたちの間には、きっと何の関係もないんだとは思いながらも、でも、だって、だってね、やっぱりそう言わずにはいられなかったんです。

 するとふたりは「それはそのままでいいんです。私たちのは、ただの報告ですから」

 そういって、昨日の私が、わたしの知らない顔の人と見つめ合いました。ふたりは幸せそうに笑い「ではさようなら」と言い残して、わたしの家を後にしました。

 わたしは紅茶を飲みながら、ひとりで、古い本を読み始めます。時が深夜に進むほど風が強くなって、窓が時々、面の全体を使って音を立てるのが気になります。真っ黒いガラス窓の向こうで、何かが渦を捲いているようです。

 昨日の私が、知らない人と一緒にやってきて、「実は昨日から二人暮らしだよ」なのだそうです。わたしの知らない、私たちのこと。

 わたしは電気を消して、目を閉じました。

 遠くかすかに、警報機の鳴る音が聞こえ始めました。遮断機の下りる時間を少し待ってから、続いて、ひとりで積み木を並べていくような音を立て、電車が単線を走っていきます。

 半分夢に踏み込んだ景色の中で、わたしはホームへ入線していた電車のうちの、よく知ったほうに乗りました。

 すぐに発車のベルが鳴って、並びの電車はそれぞれに走り出します。同じホームを出る電車が、同じ行き先とは限りません。二本の電車は、夜の線路を併走しながら、少しずつ離れていきます。

 ゆっくりと離れていくあっちの車窓に、わたし自身と、知らない誰かの姿が見えます。

 わたしと誰かは、何かをしゃべっては笑ったり首を振ったりするのだけれど、その声は、離れていく車両の中にしかなくて、わたしの知らないものが、あの中に増えていきます。

「よかった、ね」

 わたしは、このわたしとはきっとつながることのないあのわたしへ、ちいさく手を振って見せました。

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