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『 ハジマルバイバイ 』

by 郷木 鳥夢

【第二期について / 短編「ハジマルバイバイ」】

《本編の前に》

 ご訪問ありがとうございます。

 最近、ブログのデザインにいくつかのアップデートがなされ、これによって、以前できなかったレイアウトが可能になりました。

 そこで、本記事以降は、これまでよりも一歩進んだ「第二幕」という位置付けで記事レイアウトを構成し、気持ちも新たに更新していきたいと考えています。

 もちろんここまでに公開済みの短編四十五本は、第一期のまとまりとして、今後も公開時のスタイルのままお読みいただけます。どうぞ併せてお楽しみください。

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『ハジマルバイバイ』

 

 いきなり

「 bye-bye 」

 と書き出されたなら、

 そこはもう水のにように流れやすくて、安定を欠いてしまいます。

 そういうぬかるみを前にすれば、足の運びも慎重になり、心だって強張らせてしまうことでしょう。

 出会い頭に、ばいばい、などと。

 そう書き出されたりしたら、一歩目から雨に降られてしまいますから。

 そうした足もとの悪さで、体勢も少々、構えてしまいますから。

 そんな出会い方を選ばなくても、よかったはずなのです。

 でも、

空間へ揮発していた感傷が、凝結して降ってくる雨季に時々、はじめからこうした路を正面にして、気づけばすでに通っていることはあるものなんです。

 こうして君の目は、今、それらの流れた跡を上からなぞりつつ、ここを進んでおりました。

 ちょっと過去を荒く進むあたりでは、飛沫の一部を少しくらい、飲んでしまうこともあるかと思います。

 ここでは、ほらこのように、活字も流れた跡といえるものですから、

行をなぞっていく黒目が、揺れの拍子にこれらを少し、飲むように取り入れてしまったとき、君がそれを水分のように感じることはあるだろうと思うのです。

 過去のことを、今のように。

 もしかしたらそれは、古いLPレコードの溝を針がなぞり、記録された振動で音を再生するときと、似ているかもしれません。

 ここはかつて感傷が流れた、水路のようなものであったのですから。

 痕跡たる文章も以前、伝い流れていたもののわけですから。

 羽根は筆の形を取って、雨の下を飛んでいきます。

 ひとが何かしらの心情を渡ってゆくとき、誰だって、ページ上の共通項を羽ばたいているもので、以前湿ったインクを含んで舞った羽根筆の跡は、君の目が拾い、君がいま現在を飛んでいるその仕組みにも、参加しているんです。

 君は一旦、息をつくかもしれません。

 書物と感傷の水位が高く一定の時、境界線は溢れた共通項で見えなくなります。

 この文書の表紙の色も、君の横にある、熟成の深いワインの色だとか、あっさりとしたほうじ茶の二煎目の感じだとか、それとも透き通った黒を持つ珈琲に、ミルクの雲が棚引く様子を転写したものになってきます。

 君というのは、読んでいるという、たったひとりの尊い行為です。

 わたしと君と、ここには二人のひとりがいて、そうかと思えば、今度は四人のひとりが、ひとりぼっちで居合わせていて、アクセスビューという名の心電図が今一つ脈打ったことを、なかでも君などは感じ取る力があるんでしょう。

 時々、君のほうが上流になって、わたしの不足分を水平にならす、波紋を伝えてくるのです。

 わたしと君の共通の知り合いについて、少し言葉で話しましょう。

 名前は、眠らない彼女。

 そういう名前で書かれたとき、漠然としたその顔を、君はもう用意していたりします。

 彼女のことは、比喩のようにしか書かれないのだけれど、彼女はいつも同じひとつの存在です。

 わたしか君が起きている間、彼女は一度も眠りません。眠らずに、ずっと輪を回しているんです。

 眠らない彼女の乗った自転車は、もうずいぶんながいこと、日付変更線を跨がないように、夜と夜のあいだを走っていて、移動する間の出来事を常夜灯のように灯し続けているんです。

 持続するという、ほんのわずかな明るさの中、風に毛先の揺れや香りの広がりの気配を伴せ、眠らない彼女の自転車は輪を回し、移動する夜の中を走っています。

 明るく乾いた建築を、拍子木にして撃ち鳴らし、町は町で走っているとき。排水溝に溜まるのは、伸びた毛先のような影ですが、日々というものは、ひさしのないままで空を見上げています。

 それはずっとあったものだし、同時にそれはせかいのどこにもないものです。

 なにかの続きなのに、始まっていない気のする部類の感情について、みんな記してきたことがありました。

 あんな空に書きつけていた姿を、こうして観察し合ったということです。

 君の目は、かつて流れた跡をなぞりながら進んでいます。

 辞典を開けば、真夜中の真っ最中。

 人知れずを描いた場面とは、みんな人並みの共通項なのでしょう。

 窓から夜の部屋を訪問する、月面色の光のことを記した時、君が引き寄せたのは君の肩なのか膝なのか、組んだ指のようにわたしからはわからなくなりました。

 君のせいだと思います。

 君よりも過去に書かれたこれらが、君によって意味を変えられて行くのは、ほんとうは君のせいなんだと思います。

 君とわたしの間で、境界線を超えてくる君の影響を、わたしや、ほかの誰かが受けてしまうということは。

 移動する雨雲の下を飛び続けた、知られない鳥についてを、かつてこの文章は綴っていました。

 始まりは、移動する雨の下を飛び続けたものについてです。

 君の中にいた鳥も、君を留守にして、ここでは誰かの外を飛んでいます。

 わたしはそれを目撃したものだから、こんなにも変わってしまいました。

 ぜんぶ、ぜんぶ君のせいです。

 羽根は、筆の形を取って、雨の下を飛んでいきました。あの鳥は、雨の下ばかりを飛んだんです。

 移動する雲の、移動する下ばかりを。

 君がページ上の共通項を羽ばたいて、湿ったインクを含んで舞った羽根筆の跡は、誰かがここを飛ぶ仕組みに参加しているはずです。

 もう、ほかに必要なことはありません。

 わかっていることは、ここで「ばいばい」と書き出された文章が「ごきげんよう」と結ばれて、唐突に途切れてしまうということです。

 ここまで一行一行、君と一緒だったというそれだけで、こんなことが起こってしまうのです。

 はじめのばいばいで済んだはずのことが、きっと君のせいで、意味を変えてしまいました。

 残念ですが、多くの事はこうして目を閉じてしまいます。唐突に。唐突に。唐突に。

 

ごきげんよう。

『ハジマルバイバイ』

【了】

#散文詩的に幻想短編小説

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