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『 夏を走る 』(動画小説付き)

by 郷木 鳥夢

 自転車のペダル、漕ぎに漕いでる。あっつい。

ゆるい上り坂、長い。

 進んでも、進んでも、いつまでも、今日だし。

 今日が直射日光で、ずっと当たってる。影は、アスファルトの上を滑って。

 ああ、もう。汗が切れない。

 並んで走ってる、あいつの影。余裕の走行でむかつくわ。

 わたしの影だけ、おもちゃみたいに上下動して、しかも立ち漕ぎ。

 この違い。ああ、チャリか。チャリのせいか。

「身長だな」

 って、うるせ。むかつくわ、あいつ。

座高だけ高いくせに。河川敷に出たら、置き去りにしてやる。

  ペダルに全体重。

    ペダルに全体重。

 影は、定位置で回転と上下動。それは、流れるアスファルトの上で、はやすぎて空転する汽車の車輪だ。

 それか、表面を薄情に滑る、日時計の針。

 今日は、毎日。

 毎日、今日。

 それは、直射日光。

 だから、出来事で焦げそう。

 ああ、もう。汗が切れない。

 ゆるい坂をのぼりきって曲がり、河川敷までの直線道路へ入る。

 加速していく、風景の流れ。

 錆びたバス停の標識。

 ずっとシャッターの降りた本屋。

 バラ線の張られた空き地。

 あいだに見える鉄塔の尖端と、交差した飛行機雲の高度。

 ここで思い出になるものは、決して、その場へは落ちないんだ。

 川を目前にした交差点の、赤信号で止まって、振り返りあいつを見たら、胸ポケットから取り出したシャボン玉吹きはじめて───なにそれ。いつそれ。

「昨日買った」

 って、なんだよ、貸せよ。ちょっと、無視かよ。

 すーっと吹き出される小さめのシャボン玉たちが、風にのって、横断歩道を渡っていく。

 青信号、即ダッシュ。

 慌てた声は背中で聞いた。

 見たか、勝負師の、本領とかそういうの発揮。

 走る。走る。これも思い出になったって、それは場所へは残らない。

 個々に持ち歩いていく思い出は、───なんだろう。手の中に握った花びらとか、もうそういう、どこかちぎれたあとのものなんだろうけど。

 河川敷のサイクリング・ロードへ入る小道で、かんぺきに先を取った。

 背中のほうで聞こえる「ちょっと待てよ」の声には、待つか馬鹿め、と返事をする。

 ペダル踏んで、ペダル踏んで、先行くもんね、と、ペダルを踏みながら呼び寄せて、行く。

 なだらかなカーブの先で、一気に開けた川面に近づく。

 水面を震わせながらやって来る、風のかたちが見えている。

 川を渡ってきたその風で、急に汗が引きそうになる。

 すっと、現れそうになる「何か」を、ぐっと、加速に加えた。

 汗は切らない。汗を、切らない。

 日焼けなんてしない影が、後方へ流れていくアスファルトの、乾いた表面を滑って、わたしにぴったりついてくる。

 走る。

 夏を走る。

 行く夏を走っていける。

 わたしたち、いまだけ、行ってしまう夏にいられる。

 行く夏を、いま走っている。

『夏を走る』

【了】

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#散文詩的に幻想短編小説

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